AI生成コンテンツが気に入らない理由
記事への向き合い方
Section titled “記事への向き合い方”記事への向き合い方としては2つ考えられる。
- 単純に情報だけあればいい場合
- 思想または感情などを求めている場合
後者は例えばポエム記事と呼ばれるようなもので、著作権は思想または感情を表現したものに与えられる条文と近しいが、著作権法は少しでも個性が発揮されていれば認められるものなので位置づけは少し違う。
内容の精査を読者へ押し付けている
Section titled “内容の精査を読者へ押し付けている”ZennのAIによるコンテンツ執筆に関するZennの方針についてなども読んだが、結局のところ自分のなかでAI生成コンテンツが気に入らないのは、生成する側はLLMの利用コストを支払うだけで、内容の精査を相手に押し付けているところなんだろう。それがコードであれば生成する側よりレビュアーが支払う時間の方が圧倒的に多いし、記事であれば内容の確認で読者が支払う時間もしくは間違った情報を信じるリスクの方が大きい。
技術記事であれば、自分の中にある程度は知見があるから判断しやすいけれど、全く知らない分野、たとえば法律なんかは嘘が書かれていたら検証もできないだろう。過激な例のひとつだが、日本生命の米国法人、OpenAIを提訴 ChatGPTが「法律業務」のような事例がすでに起きている。
以下の記事では、AI臭を消すという行為に「品質改善」と「ロンダリング」の2つ異なる意味が内包されているという話がされていた。この記事の途中からは何が言いたいのか分からないが、少なくとも言葉の裏にある意味の解釈は正しい。後者の場合は名声だけを得て負担を読者に押し付けているから問題なのだろう。
読む行為とは著者と対話すること
Section titled “読む行為とは著者と対話すること”思想または感情の享受を求めている場合、これはポエムと呼ばれるジャンルの記事などがそれに当たると思うが、この人はこのような考えなんだというのを理解することもあった。しかし意図なくAIで名声を稼ぐためだけに生成された記事では、そういったものを感じたとしても嘘である。この辺りが「騙された」と感じる根っこなのではないか。